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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)7245号 判決

原告 大川渉 ほか一二名

被告 国

訴訟代理人 持本健司 桜井卓哉 ほか三名

主文

被告は原告らに対し、それぞれ別表末払賃金額欄記載の各金員及びこれらに対する昭和四九年五月一一日から完済まで年五分の割合による各金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨

仮執行宣言

二  被告

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二請求の原因

一  原告らはいずれも日本に駐留するアメリカ合衆国軍隊(以下、駐留軍という。)の常用従業員として、別表常用従業員となつた年月日欄記載の日から同退職年月日記載の日まで被告に雇傭されていたものである。

二  駐留軍従業員として被告に雇傭される労働者(以下、駐留軍従業員という。)の給与その他の労働条件は、アメリカ合衆国政府と被告との間に締結された基本労務契約の規定に準拠して、被告と駐留軍従業員との合意により定められたものであり、その年次有給休暇の取得については、右基本労務契約第七章A節2(計算)の前段に「年次休暇の権利は、満一暦年につき、八時間勤務二〇日の割合で取得するものとする。」と定められている(以下、この規定を「年休計算前段の規定」という。)

三  従つて、原告らは昭和四九年に八時間勤務二〇日(一六〇時間)の年次休暇を取得したので、その範囲内でそれぞれ別表休暇日欄記載の日に休暇時間欄記載の時間の年次休暇をとることを請求し、同日休暇を使用した。

四  しかるに、被告は右を年次休暇として扱うことなく欠勤として扱い、賃金支払日である翌月一〇日に別表未払賃金額欄記載の賃金を支払わなかつた。

五  よつて、原告らは被告に対し、右未払賃金及びこれらに対する賃金支払日の翌日以降である昭和四九年五月一一日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三請求原因事実に対する認否

請求原因事実は、認める。原告らが昭和四九年に八時間勤務二〇日(一六〇時間)の年次休暇を取得したとの主張は、争う。

原告らは昭和四九年三月から六月までの間に人員整理によつて退職したものであつて、後記第四の一に述べるとおりの理由によつて、昭和四九年には二〇日の年次休暇を取得することができなかつたものであり、しかも、原告らが本件休暇を請求した時点においては、原告らはいずれも所定の年次休暇日数を消化しつくしていたものである。

第四年次休暇取得に関する双方の主張

一  被告

1  「年休計算前段の規定」にいう「満一暦年につき」という語句は、それに続く「割合」という語句と併せて合理的に解釈すべきであつて、右規定は、年次休暇は常用従業員として一暦年の間在籍した場合に二〇日与えられるということを基本とし、一暦年と年次休暇を請求する当該従業員の在籍期間との比率に応じて休暇が与えられるということを意味しているのである。そして、年度途中に退職することが確定的に予定される常用従業員については、当該退職年次における年次休暇の日数の算定は右趣旨に則りなされなければならない。右の、年度途中に退職することが確定的に予定されるとは、所定の手続を経て人員整理による解雇予定日(退職日)が各従業員につき具体的かつ確定的に予定されることをいい、その時期は解雇予定日の約八〇日前であつて、そのころ当該従業員にも知らされる。人員整理以外の事由によつて従業員を解雇する場合においても、解雇予告により退職日が相当前から予知されるので、事情は同じである。ただ、従業員が自己都合で退職する場合や従業員に対する制裁措置として郎時解雇を行う場合においては、その時点までは米軍としては当該従業員がその年の末まで勤務することを期待して取扱つていたのであるから、退職が確定的に予定された時においてすでにいわゆる按分以上の年次休暇が費消されていることは当然のことながらありえるわけである。しかしながら、退職する年における年次休暇日数が按分により定まる時期は、年度内に退職することが確定的に予定された時点である以上、その時点以前において費消した年次休暇日数は特に問題とはならず、遡つて年次休暇が取消されることはない。

2  右の解釈は「年休計算中段の規定」すなわち「一暦年中に常用従業員として採用された従業員は、常用従業員として採用された月及びその暦年の残りの各月につき、一二分の二〇の割合で休暇を与えられるものとする。」との規定との関係からみても合理的である。まず、右規定は年度途中において新たに常用従業員の地位に就く従業員のあることを予測し、これらの者の取得する年次休暇の日数を前段の規定と異つて定めていることからすれば、右前段の規定の適要を受ける常用従業員とは、当該年次の一月一日以降継続して常用従業員である者を指すことが明らかであり、常用従業員として前年採用され当該年次の一月一日に在籍さえしていれば足りるというものではない。

次に、右中段の規定の趣旨は、当該年次の一月一日に在籍する常用従業員がその後一二月三一日までの満一年間継続勤務する場合に、その間二〇日の年次休暇を認められることとの均衡上、年度途中に採用された常用従業員については、その採用時から年末までの勤務期間に比例する年次休暇日数を与えんとしているのであつて、このような公平の見地に出る取扱は、公務員の年次休暇の日数につき右条項とほぼ同様の計算方法をとる人事院規則一五-六第二項においてもこれをみることができる。ところで、このような年度途中に採用された常用従業員の年次休暇日数の定め方と同様の配慮は、少なくとも年度途中に退職することが確定的に予定された常用従業員の当該退職年次における年次休暇日数の算定にも当然なされなければならない。けだし、右のような常用従業員については、その勤務の期間が一年に満たないものであることは年度途中に採用された常用従業員と異なるところはなく、このような者に対してまで二〇日の年次休暇を認めることは、前記前段の規定の趣旨にも反し、また一年全期勤務を予定される常用従業員との間は勿論、年度途中に採用された常用従業員との間においても著しく均衡を欠き不公平な結果となるからである。以上のところからして、年度途中に退職が確定的に予定される常用従業員の年次休暇日数は、年度途中に採用された常用従業員の場合と同様、退職を予定される月及びその暦年のこれに先立つ各月につき一二分の二〇の割合で計算するものとし、その端数処理は「年次計算後段の規定」すなわち「前記のようにして計算した休暇で、半日未満の端数は切り捨てるものとし、半日以上の端数は満一日とみなすものとする。」に従うべきである。なお、同様の取扱いは、人事院規則一五-六第二項に関する人事院事務総長通達(昭和四三年一二月七日付職職-一〇三六号「人事院規則一五-六(休暇)の運用について」)の「4年の中途において任期が満了し退職することとなつている職員の年次休暇の日数は、二十日にその年に在職する期間の月数を十二で除した数を乗じて得た日数とする」との運用にもこれをみることができる。

3  「年休計算前段の規定」を右のとおり解釈すべきことについては、基本労務契約における年次有給休暇制度の沿革に照らしても明らかである。

(一) 現行の基本労務契約は昭和三二年一〇月一日に発効したものであるが、年次有給休暇に関する規定は昭和三八年一月一日に改定施行され現在に至つている。

(二) 右改定前の基本労務契約においては、駐留軍従業員が取得できる有給休暇は、月々の勤務実績に応じて逐次的にその月において一日又は二日取得できることになつていた(月例休暇制度。結果的に一年間で最高二四日間又は一九二時間取得できる。)ものであり、また一方、休暇をとる権利を取得しても休暇をとらない場合には、その休暇に代つて賃金を受給できるような(休暇の買上げ)特異な休暇制度がとられていた。そのため、通常の場合、従業員は実際に休暇をとることなく、その代替措置として与えられる給付を固定的な収人として受け入れていたのである。

(三) 一方、駐留軍従業員の給与体系について、国家公務員に準じたものに引上げるため昭和三五年頃から日米間において協議が行われてきたが、結局昭和三八年一月一日から駐留軍従業員の給与は国家公務員に準じたものに改定されることとなつた。ところが、この協議の過程において、従業員の給与等の負担者である米側から日本側に対し、給与改善の代償措置として、従前の年間最大二四日の休暇を取得できる制度を改めること及び休暇の買上げ制度を廃止することの要求が出され、従業員側(労働組合)も給与体系が国家公務員に準じたものに改定されることに伴う利益とのかね合い及び妥協策として休暇の買上げ制度が一定期間(一年半)経過措置として認められたこと等により、最終的には米側の要求を受入れ、前記のとおり昭和三八年一月一日付けで基本労務契約のうち給与及び休暇の項が大きく改定されたのである。

(四) 以上のとおり、現行の基本労務契約においては、改定前の基本労務契約における月割り按分による休暇付与の思想が、一暦年中に取得できる総休暇日数の短縮を行つただけで引き継がれているのである。したがつて、現行の基本労務契約の下においても、暦年の途中で退職する従業員については、年度途中で採用された者と同様に暦年中の在籍月数に応じて二〇日の按分日数分だけ年次有給休暇を取得すると解するのが相当というべきである。

4  「年休計算前段の規定」を右のように解した場合の労働基準法との関係は、次のように理解すべきである。

労基法上は、使用者の労働者に対する年次有給休暇の付与義務は、当該従業員の就労二年目から、また、同法が規定する最大の付与日数である二〇日間の年次有給休暇は、通常、就労一六年目から始めて発生するものであり、また、年の中途採用者については、年次休暇を一日も与えなくてもよいことになつているものの、基本労務契約においては、中途採用者に対してもその年の在籍期間に応じた休暇日数を与えており、また、採用二年目からは、その継続勤務年数とは無関係に一率に年二〇日の年次休暇を与えているのである。これは、もともと労基法に定める年次休暇の権利は、各年毎に、前年における勤務実績に対するものとして取得することとされているのに対し、基本労務契約においては、その年の勤務実績に見合う権利は、その実績に応じその年内において取得するとの趣旨から年次休暇の規定を定めているからであり、しかも、同契約では、年次休暇付与のための条件として前年における全労働日の八割以上の出勤を前提とはしていない。

もつとも、年の途中で解雇される者等については、場合によつては労基法が当該年度につき定める日数を下廻る日数しか年次休暇を付与されない事例が生ずることとなるが、これは、基本労務契約における年次休暇の付与方式が前述のとおり労基法とは異なり従業員の年間の勤務実績を待つことなく、あらかじめ休暇を当該年内に付与していることによるものであるから、あえて労基法に違反するものと評価することができないのはもちろんであり、さらにこの場合にも、年次休暇とは別に管理休暇の制度があつて救済措置が講じられているのである。すなわち、管理休暇とは、基本労務契約第七章G節1Cの規定に基づき、年の途中で人員整理により解雇される者に対して所定の年次休暇の他に与えられる有給休暇であつて、具体的には同契約第一一章七項b「管理休暇」において「従業員は、解雇予告期間内は新たな就職口を探すため、三日の有給管理休暇をとることができるものとする。人員整理の発効日が延期される場合には、従業員は、各一〇日間の延期につき一日の追加の管理休暇をとることができるものとする。」と規定されている。

以上のことから、労基法との関係においても基本労務契約における年次休暇についての被告及び米軍の取扱に何らの違法はない。

二  原告

1  「年休計算前段の規定」によれば、常用従業員は、採用された年の翌年以降一暦年に二〇日の年次休暇の権利を取得すると解すべきである。右規定に「割合で」というのは、「一日八時間勤務として二〇日分」ということであつて、一日に四時間ずつの年次休暇をとれば四〇日となるのである。

これを被告のいうように「一暦年と年次休暇を請求する当該従業員の在籍期間との比率に応じて休暇が与えられる」趣旨とするならば、(イ)「年休計算中段の規定」で、年度途中採用者について比率に応じて年次休暇を与えることを定めているのは無意味だということになつてしまうし、(ロ)比率で与えるためには、年度途中採用者の場合のように比率の計算の仕方(月割か日割りか、端数の処理など)を定め、また比率を超えて休暇をとつてしまつた場合の処理などについても定めなければ実際に適用できないのに、その定めはないことからいつて、妥当ではない。

2  「年休計算中段の規定」は、文面上明らかに年度途中採用についての規定であつて、年度当初からの常用従業員の退職について定めたものではない。年度途中採用者には、労基法上年次休暇を与えることは要しないのであるから、かかる規定を設けてもなお労基法を上廻るので、同法違反の問題は起らない。しかし、同じく在職が一暦年を通じないこととなる場合であつても、退職については事情を全く異にする。労基法上、年次有給休暇の権利は一定の要件が充足されることによつて法律上当然に労働者に生ずる権利である。したがつて、本件の場合は、暦年の初めに常用従業員である者はその時点で年間二〇日の年次休暇をとる権利を取得するのであつて、その後年度の途中で退職した場合に在職日数に応じて年次休暇日数を減ずるときには、既得の権利を奪うことになるので、このようなことは許されない。以上の理由により、年度途中採用についての規定の趣旨を、年度途中退職の場合に推し及ぼすことはできない。

被告引用の人事院規則一五-六第二項及び人事院事務総長通達については、そもそも国家公務員には労基法の適用がないし、またその年次休暇についても法律に規定がなく人事院規則で定められる(国公法一〇六条)ものであるから、これを労基法の適用がある本件の場合の参考にすることはできない。それだけでなく、人事院規則一五-六第二項は年度途中採用についての規定であつて、年度途中退職については同規則に何らの規定がない。また、右の事務総長通達にいう「任期が満了し退職することになつている職員」とは、採用の時点においてあらかじめ任期満了することとなる日が明らかな職員をいうものであつて、期限の定めのない職員については適用がないから、本件についての参考にはならない。

3  「年休計算前段の規定」については、アメリカ合衆国政府契約担当官、防衛施設庁、全駐留軍労働組合(全駐労)は原告主張のように解釈し、被告側の従来の取扱もそれに沿うものであつた。

基本労務契約における年次休暇に関する規定が改正された基本的な理由は、公務員の給与体系等の変更に伴い、駐留軍従業員の給与体系・年次休暇等も公務員なみとするというものであつた。ところで、昭和三七年以前の駐留軍従業員の年次休暇は、当該月に八割以上就業して二日の休暇を得、したがつて年にすると二四日の年休を得ていたものであり、また未使用の分については、いわゆる買上げ制度もあつた。それが改正によると日数は年二〇日となり、これまでより四日少なくなるばかりか、買上げ制度もなくなり、駐留軍従業員にとつてこれまでより不利になる点があつた。そこで防衛施設庁と原告らが所属する全駐労との間で行われた交渉において、改正規定のもとにおいては公務員なみに一月一日に在籍していれば無条件に当該年は二〇日の年次休暇権が発生することになることの確認を得て、右不利になる点の改定が了承されたものである。そして、右改定趣旨は、アメリカ合衆国政府契約担当官が昭和四一年五月一七日各現場米軍に対して発したMLC書信8-66においても確認されている。また、現に原告らが勤務していた相模補給廠においても、本件以前は、年度途中で人員整理された常用従業員は二〇日の年次休暇を得ていたのである。

4  「年休計算前段の規定」と労基法との関係は、次のように解すべきである。

まず、一般論からいつて、労基法の基準を上廻るからといつて労基法の適用がないとはいえない。労基法一条二項は「この法律で定める労働条件の基準は最低のものであるから、労働関係の当事者は、……その向上を図るように努めなければならない。」と定める。したがつて、年次有給休暇についても、その日数、付与の条件などにつき労働協約や就業規則で労基法の基準を上廻る定めをすることを期待しているのであるから、このような上廻る労働条件については労基法の適用がないなどと一概にいうことはできない。そして、年次有給休暇についても、労基法の基準を上廻る部分について労働協約や就業規則で労基法の適用がないことを定めない限り、右部分も労基法にいう年次有給休暇というべきであつて、それについては例えば労基法三九条三項ないし五項の適用があると解すべきものである。

また、労基法の適用を排除するには、いかなる場合に労基法の基準を上廻るかは決して簡単明快ではないから、いかなる場合にどのような取扱いをするかを明らかに定めておかなければならない(例えば、一年二〇日以上の年次休暇を定めた場合に、二〇日を超える年次休暇の請求については業務の都合によつて与えないことができるとか)。そうでなければ、労働条件を明示する就業規則の役割を果しえないことになる。ところが、基本労務契約には途中退職者の年次休暇をいかなる場合にどのように取扱うかについて何の明示もないのである。

さらに、年度途中で解雇される者は月割の年次休暇しか与えられないという被告の解釈によると、場合によつては労基法の基準を下廻る事例を生じ、本件についても、原告らは岡松久四を除きすべて労基法の基準を下廻る年次休暇しか付与されないこととなる。

第五証拠関係〈省略〉

理由

一  請求の原因一、二の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、前年から常用従業員であつた者が年度途中に退職した場合の年次休暇日数について検討する。

1  〈証拠省略〉によれば、現行の基本労務契約第七章A節(年次休暇)1(資格の取得)には、「年次休暇は、常用従業員に与えられるものとする。」と規定され、これを受けて同節2(計算)において「年休計算前段、中段、後段の規定」が設けられていることが認められる。

2  まず、これらの各規定が設けられるに至つた経緯等についてみる。

〈証拠省略〉によれば、次の事実が認められる。

昭和三七年一二月一〇日附属協定六九号により改正される前の基本労務契約においては、休暇は月例とされ、D節(休暇)1(月例休暇)a(休暇の取得)で「月の所定労働日の四〇パーセント以上八〇パーセント未満を勤務した常用労務者は、その月において八時間の休暇をとる権利を取得するものとする。月の所定労働日の八〇パーセント以上を勤務した常用労務者は、その月において一六時間の休暇をとる権利を取得するものとする。」とされ、またd(休暇に代る賃金支給)で「休暇をとる権利を取得した労務者が休暇をとらない場合には、その権利を取得した月のペイロールにおいて、その休暇に代る賃金を支給するものとする。(以下略)」として、いわゆる未使用休暇の買上げ制度が認められていた。ところが、駐留軍従業員の給与体系を国家公務員に準ずるように改定する過程において、従業員の給与等の負担者である米側から、右規定により従来年間最大二四日の年次休暇を取得できる制度を改めること及び休暇の買上げ制度を廃止することの要求が出され、防衛施設庁と改定の交渉に当つていた全駐労は、そのために従業員の毎月の実質収人が減るとして問題にしたが、給与体系が国家公務員に準じたものに改定されることに伴う利益とのかね合い及び妥協策として休暇の買上げ制度を段階的に解消する経過措置が認められたこと等により、最終的には米側の要求を受入れ、昭和三八年一月一日付で給与及び休暇の項が現行のように改定され、その際、全駐労と防衛施設庁との間で、常用従業員として一月一日に在籍していればその年の年次休暇二〇日は無条件に与えられることの確認がなされた。しかし、改定後においても現地米軍施設において、人員整理の場合に年次休暇を月割に按分していた例があつたので、全駐労、防衛施設庁、米側が接衝の結果、昭和四一年五月一七日付で米側契約担当官から契約担当官代理者に対するMLC書信8-66として「(前略)人員整理の場合には、監督者は、人員整理される予定の従業員に未使用の年次休暇をできる限り多く与えなければならない。このため、人員整理されない従業員の間で可能な最大限まで作業の再配分を行なわなければならない。」と指令され、また防衛施設庁労務部長も同年六月八日付で各都道府県の渉外労務主管部長に対し「MLC書信8-66(年次休暇)の送付について」の文書を発し、その中で「人員整理される予定の従業員に対しては、月割計算による按分比例を廃し、できる限り多く年次休暇を与えることとし、このためA側は、作業の再配分等の措置を講ずること。」とされた。そして、原告らが勤務していた相模補給廠においても、本件以前は右書信に則り、年度途中で人員整理された常用従業員は二〇日の年次休暇を得ていた。

3  次いで、前記1の現行の基本労務契約の規定について検討する。

(一)  右規定においては、年次休暇取得の要件は、「常用従業員であること」だけであつて、労基法三九条に規定するような一定期間の勤務の継続や一定割合以上の出勤率は要件とされていないから、「年休計算中段、後段の規定」がないとすれば、年度途中に常用従業員に採用された者にも前年から常用従業員であつた者と同日数の年次休暇が与えられるべきものとなる。つまり、「年休計算中段、後段の規定」において年度途中に常用従業員に採用された者につき年次休暇日数を制限する規定を設けているのは、原則に対する例外であるから、限定的に解釈すべきものであつて、拡張したり類推することは特別の理由がない限り許されない。そして、年度途中に常用従業員に採用された者と年度途中に常用従業員の資格を失つた者とでは、当該年度における勤務期間が一暦年に満たないという点において共通するところがあるとはいつても、正にそれだけの話であつて、前年から常用従業員であつた者と当年に常用従業員に採用された者とでは、他の労働条件においても差異があることは別にして、年次休暇に関しても異つた取扱をすべき十分な理由があり同一に論ずべきものではない。すなわち、前年から常用従業員であつた者については、前記の全駐労と防衛施設庁との間の確認にも示されているように、無条件に取得した二〇日の年次休暇の権利を削減する問題にかかわるものであるのに対し、年度途中に常用従業員に採用された者については、労基法上も与える必要のない年次休暇につきいくばくの権利を付与するかという問題にすぎないのである。このことは、右後段の規定による年次休暇日数の計算で半日未満の端数が出た場合にこれを切り捨てる取扱も、その年に常用従業員に採用された者については許されるとしても、前年から常用従業員であつた者の退職の場合について同様に取扱うことが疑問であることの一事からもうかがえるところである。要するに、単に勤務期間が一暦年に満たない点に共通性があるからといつて、「年休計算中段、後段の規定」を類推して前年から常用従業員であつた者の年度途中退職の場合の年次休暇日数を算定することは許されないものというべきである。

(二)  次に、前年から常用従業員であつた者が年度途中に退職した場合に、「年休計算前段の規定」により、その「満一暦年につき、八時間勤務二〇日の割合」の文言を根拠にして月割按分計算をすることが許されるかが問題となる。

〈証拠省略〉によれば、基本労務契約第七章A節3(休暇の使用)に「取得した休暇は、その取得した暦年内に使用しなければならない。」と規定されていることが認められるから、「満一暦年につき」が当年の一月一日から一二月三一日までの間にということで、年次休暇をとることができる期間を定めていることは疑いないし、「八時間勤務二〇日の割合」については、〈証拠省略〉によりA節5(休暇の承認)a(休暇の期間)に「通常、休暇は、暦日単位で与えられるものとする。従業員が希望する場合には、休暇は、一時間を単位として与えることができるものとする。」と規定されていることが認められることも勘案すれば、八時間勤務として二〇日分、すなわち時間単位にすれば一六〇時間を暦日または時間を単位として年次休暇に使用できるという趣旨を有することは明らかであるが、「満一暦年につき、八時間勤務二〇日の割合」という文言から、右各趣旨を超えて、満一暦年継続勤務した場合に限り二〇日という趣旨を含むと解することは困難であり、いわんや勤務期間が満一暦年に満たない場合は月割ないし日割(そのいずれによるかも不明である)の按分によつて年次休暇日数を削減するという趣旨までも含むと解することは到底不可能である。このことは、従業員に対し年次休暇を一暦年内の各時季に按分して請求することを義務づける趣旨の規定がなく(〈証拠省略〉によれば、A節4(休暇の予定表の作成)a(予定表の提出)に「従業員は、二月一日まで(中略)に、その年に対する休暇予定表を提出するものとする。」と規定されていることが認められるが、月割等の按分を要求するような趣旨には読めない)、したがつて、一暦年の間ならば年次休暇をとる時季及び日数は従業員が自由に定めうると解されること及び退職時までに月割等の按分以上の年次休暇を使用した場合の調整の規定が存しないことからみても明らかである。要するに、「年休計算前段の規定」は、前年から常用従業員であつた者が年度途中に退職をする場合に、年次休暇の日数を満一暦年と勤務期間との比率により削減する根拠とすることはできないというべきである。

(三)  そうすると、他に、前年から常用従業員であつた者が年度途中に退職する場合(退職時期が確定的に予定されているか否かを問わない)の年次休暇日数を削減する趣旨の規定が見当らないが、前記のように前年から常用従業員であつた者は無条件に満一暦年につき二〇日の年次休暇の権利を取得することが確認されており、現行基本労務契約の規定上も肯認されるところであるから、年度途中退職の場合に年次休暇日数を削減することは右権利制限の問題として明文をもつて規定することを要すると解すべく、そのような規定がない以上これを削減することは許されないといわなければならない。

4  満一暦年と勤務期間の比率に応じて年次休暇日数を按分すると解することは、労基法上からも違法となる場合がある。すなわち、基本労務契約に定められている年次休暇も労基法上の年次有給休暇であることはいうまでもなく、労基法三九条に定める要件が具備した場合に与えられる休暇日数を下廻る定めをすることは許されないが、右の比率によるときは退職時期によつて当該年については労基法の最低基準を下廻る日数の休暇しか与えられない場合が生ずることは計算上明らかであるからである。被告は、この場合には年次休暇とは別に管理休暇の制度があつて救済措置が講じられていると主張するが、趣旨を異にする制度により年次休暇付与の違法を救済することはできない。

三  叙上説示のところからして、原告らは昭和四九年に八時間勤務二〇日(一六〇時間)の年次休暇を取得したというべきであるが、原告らがその範囲内でそれぞれ別表休暇日欄記載の日に休暇時間欄記載の時間の年次休暇をとることを請求し、同日休暇を使用したところ、米軍(被告)は右を年次休暇として扱うことなく欠勤として扱い、賃金支払日である翌月一〇日に別表未払賃金額欄記載の賃金を支払わなかつたことは当事者間に争いがないから、被告の右措置は違法であり、原告らは被告に対し右未払賃金及びこれらに対する賃金支払日の翌日以降である昭和四九年五月一一日から完済まで商事法定利率年六分の範囲内である年五分の割合による遅延損害金の支払を求める権利がある。

よつて、原告らの本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条の規定を適用し、仮執行宣言は相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 西山俊彦 原島克己 仲宗根一郎)

(別表)

氏名

常用従業員となつた年月日

(昭和)

退職年月日

(昭和四九年)

休暇日

(昭和四九年)

休暇時間

未払賃金額

(円)

大川渉

36.7.18

4.15

3.15

3.21~22

18

一二、一一四

田口滝雄

37.3.29

5.15

3.15

8

五、〇七二

中山栄一

24.4.1

3.29

3.19

3.26

12

七、三五三

飯田英男

28.7.21

5.15

3.15

8

五、六八七

中村清

42.5.22

5.15

3.15

8

四、二一二

中野粂松

36.10.1

5.31

3.26

4

二、六一四

大貫正臣

35.5.1

5.31

4.11

4.29

12

九、七〇八

村田慶二郎

24.5.23

6.30

3.19

4.4

4.11~12

24

一六、九三一

岡松久四

44.12.23

5.15

3.13~14

16

八、六七九

川上ヨシ

42.6.10

5.31

4.12

5

二、二四八

内海重義

35.5.14

5.31

4.17

8

五、五一三

白井清治

33.12.16

5.31

3.13

8

五、五七六

前島為一

36.9.17

5.31

3.21

8

五、三四二

基本労務契約第七章抜粋

第七章 休暇

A節 年次休暇

1 資格の取得

年次休暇は、常用従業員に与えられるものとする。

2 計算

年次休暇の権利は、満一暦年につき、八時間勤務二〇日の割合で取得するものとする。一暦年中に常用従業員として採用された従業員は、常用従業員として採用された月及びその暦年の残りの各月につき、一二分の二〇の割合で休暇を与えられるものとする。前記のようにして計算した休暇で、半日未満の端数は切り捨てるものとして、半日以上の端数は満一日とみなすものとする。

3 休暇の使用

取得した休暇は、その取得した暦年内に使用しなければならない。その期間内又は次に定めるところにより延長される期間内に休暇をとらない場合には、その休暇に対する承認は行なわないものとする。ただし、A側によつて指定された期間内に従業員が休暇を使用することができない場合には、A側は、翌年の始め以後に休暇をとることを許可することができる。

4 休暇の予定表の作成

a 予定表の提出

従業員は、二月一日まで又は常用従業員として採用された場合には、1月以内に、その年に対する休暇予定表を提出するものとする。この休暇予定表には、要求する各休暇期間について、少なくとも二の代替期間を含むものとする。

b 暫定予定表

監督者は、部隊の作業上の必要に照らし各従業員が提出した予定表を考慮して、従業員のために暫定予定表を承認するものとする。作業上さしつかえない場合には、暫定予定表は、要求どおりの日で承認されるものとする。従業員は、要求書を提出後、できるだけすみやかに暫定予定表についての通知を受けるものとする。

c 変更

作業上必要がある場合又は従業員が職場の正常な運営を妨げないような変更を要求する場合には、暫定休暇予定表を監督者が変更することができる。この変更についての要求書は、要求した休暇の日と、休暇の暫定予定日とのいずれか早い方の日から通常少なくとも四八時間前に、監督者に提出するものとする。

d 休暇の請求

暫定休暇予定表の指定は、それ自体休暇に対する最終承認とはならない。従業員は、休暇が始まる日から少なくとも四八時間前に「MLC休暇請求書」の様式に休暇の最終承認要求を記入し、それを監督者に提出するものとする。

5 休暇の承認

a 休暇の期間

通常、休暇は、暦日単位で与えられるものとする。従業員が希望する場合には、休暇は、一時間を単位として与えることができるものとする。

b 休暇の延期

監督者は、前に承認した休暇を与えることにより、職場の運営を妨げるような場合には、その休蝦の日を延期することができるものとする。この場合において、従業員が代わりの休暇を取ることができる日を提示するものとする。

c 緊急措置

緊急の際従業員が監督者から事前に許可を受けることなく欠勤した場合及び欠勤の最初の日に従業員が欠勤した日を年次休暇として算定することを要求した場合で、監督者がその事情に正当な理由があると認めたときは、監督者は、その休暇を与えることができるものとする。

6 通則

a 雇用の解除の措置の延長

雇用の解除の日は、休暇を与えることを容易にするために延長しないものとする。

b 同盟罷業期間中の休暇

同盟罷業の期間中は、年次休暇を与えないものとする。

c 休暇に代わる給与の支給

使用しなかつた年次休暇に代わる給与の支給は、行なわないものとする。

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